アトリエボーヌ 丸山保博建築研究所

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Column1 ロマネスクの旅

ロマネスク教会を見たくて

近代建築というものを見たくてアメリカ、ヨーロッパヘと旅をしたのは、もう20年程前にもなる。海外の建築を見るのは、雑誌や写真でしか無いその当時の自分にとって、実際の建物に直に触れる興奮、喜びはこの上無いことであり、今でもその時を思い起すことがある。 そのような旅で日毎近代建築を見て回るうちにその近代には無いものに近代以前のものの中に強く心を引かれ、無性にロマネスク建築というものを見たくて予定を変更し、フランスのカーンの教会を見に行ったのは、旅ももう半ばすぎのパリに滞在していた時であった。 あれから月日も流れていったが、いつか中世古代のものを見て回りたいという思いは、その時の流れとは反比例するようにさらにより強くなっていった。その思いより今回2002年8月22目から9月28日まで、フランスロマネスクを中心に念願の旅を実現することとなった。

Column2 ケルトへの旅

ケルトに会いたくて

海外へ建築を見に行きたいと思い、ヨーロッパ、アメリカと回ったのが23年前。近代建築にはないヨーロッパの中世古代、「ロマネスク」を見て回ったのが3年程前。何かぼんやりと複雑な民族間の共同体としての建築というものを、そしてギリシャ・ローマとは異質の文化、価値感「ケルト」的なものを強く感じたのも今から思えばその時かもしれない。2500年程前、東欧からスペイン、アイルランドにいたる広大な地域に「ケルト」と呼ばれる民族がいた。渦巻き文様、独特な歌、知性と雄弁の持ち主でありながら文字を使わず極めて勇猛。共通の言語を喋りつつも、部族単位での暮らしにこだわり、国家を形成することはついになかった。こんな民族が冷徹なローマの“組織”とまともにぶつかり、紀元前1世紀にはローマ帝国に征服され、ケルトは古来の言葉も文化も急速に失われた。幻の民となったかに見えたケルト。しかし現代になってもケルトの末裔を称する国がひとつだけあった。それがアイルランド。ローマ帝国の長い手もこの西の辺境の島までは届かず、ゲール語をはじめとするケルトの文化、精神を現代に保ち伝えることが出来た。 そのケルトに会いたくて今回、昨年末よりアイルランドを中心に、前回ロマネスクを見残したローマ、フランスピレネー地方、そしてスコットランド、ロンドンを経由して回って来た。

Column3 素材の本質の中に

現在の問題

《神が人間をつくったのか? 人間が神をつくったのか?》

神や精神が世界や物質をつくったのではなく、世界が物質が、人間という頭脳が、精神や神、物質以外のものをつくったのである。人間の精神の底辺は物質である。人間の精神、心はその物質的環境を底辺に持ち、そこを良くしない限り人間の心は良くはならない。その物質環境の基本因子は、社会にあてはめると「経済」である。「金」である。つまり利潤を目的とする生産を、そのような環境を正さない限り、その社会の中にいる人間は幸福にはなれない。
「唯物論」である。「資本論」である。資本主義に唯一本質的に対峙する哲学、思想と考えられて、その思想によって多くの犠牲の上に国がつくられた。社会主義国であり、共産主義国である。今ここで、両者の是非を論ずるつもりはない。しかし、それは避けて通ることのできぬ人類の大問題であったことは確かである。

Column4 和室のある豊かな暮らし

日本の心を伝える和室

靴をぬいで、畳の上にあがるだけでホッとする。ちょうど青い空を仰ぎ見るのと同じなのかもしれません。平安時代寝殿造にもあったといわれる置き畳。それ以後、書院造そして茶室へと日本人の生活と切っても切り離せない存在となっていきます。それ以上に畳の上へ直に坐るその感触は、日本人にとってはそう、もっと民家や「自然」に近いのかもしれません。それははるか遠く、人が自然の中で生き自然と共に生活していた頃の心のような。
いずれにしても日本の心を伝える「和室」を、今こそ現代の生活に是非とり入れてみたいものです。

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