素材について
〈石造〉
まず目に入ってくるのが建物が殆どといってよい程石造、石積みである。そして開口部は力学上基本的に半円にくり抜かれている。アーチである。美しい自然の中、石積みの納屋がポツンと佇んでいる風景は、地震国である日本ではなかなか目にすることは出来ないが、その素朴さ、力強さ、そして美しさは非常に魅力的である。その石積みの迫力はアビニョンから程近い所にあるボン・デュ・ガール、ローマの巨大な水道橋を見れば一目瞭然であろう。もちろん木造が全く無いという訳では無い。しかし、その使われ方はやはり石造との組み合せが多く、一般的に床や屋根等の曲げ応力を負担する部分に殆ど限られているようである。殆どの地域では庇は出ていなかった。屋根は各地域産出の土で焼かれた瓦で葺かれ、場合によっては壁と同様の石が葺かれているものも少なくなかった。
壁の石については、その建物の用途又財力によるのであろうか、小さな石から大きな石、自然形から切石まで様々であったが、ロマネスク教会は概して比較的小さめの現地産の石であった。後世のきちんと積まれた石積ではなく、その土地の不揃いの小さな石が不規則に積まれている様を見ているだけで時の経つのを忘れてしまう。
〈石灰〉
石と並んで忘れてはならない素材に石灰がある。近代のセメントがまだ無い時代の材料であり、時には土や灰などと混ぜて石積のつなぎ材、下地として使われたり、又その石積みの表面の仕上材としても使われていた。ロマネスクの特長の一つである彩色画の下地にもなっていた。何といっても、その素材の特つ特色、魅力は強度追求の結果出来た近代のセメントでは表現できない、自然感、やさしさであろう。それはその製法の限りなく自然に近いというところからきているのであろうか。石と組み合わされいるその表情には何にも替え難い一体感が感じられた。表面的以上に石にとっては欠かすことの出来ない材料なのであろう。
〈石造天井〉
何といってもフランスロマネスク教会の一番の特色は、内部天井も石で積まれているということであろう。「神の家]この石造天井の発生の源にはいろいろと考えられているが、前述の木材を床、屋根に使用する方法に比べ、いずれにせよ構法的には重力を考えれば非常に難しい方法であり、無理をした構造と言えるが、それだけにそこには強い意志を感ずる。天井まで石で覆われた空間に身をおいた時に感ずるあの素朴さ、緊張感、安心感は独特のものであった。なお、ロマネスク教会にはその石造の上に前述の石灰を薄塗りしているものも多く、その有機的な空間に一役買っている功績は大きいのではなかろうか。
〈素材と伝統〉
あと一点は、何百年と建ち続けている石造の建物を、人々は極力壊さず利用し続けているということである。特に都市においては隣りの建物の石壁を共有利用し、連続して建てられていた。その様子は日本の町屋とよく似ている。連うのは日本では多くの所でそれらは壊され、各々独立して新しく建て直されたということ。そこには土地が細分化され価値の基本となり、まるで建物は付加物のように扱われている現状が見られる。それに比ベフランスでは建物が主であり、いろいろな意味で日本における土地と建物に対する価値関係とは違う反転があるのではと思えてしまう程であった。 現在フランスでもここそこで色を調整したセメントで建物を補修しているのを見かけた。しかし、パリのモンマルトル付近の建物の壁をはじめ多くの所では相変わらず石灰で補修されており、印象派の絵の題材にもなった風景は私達にやさしく語りかけていた。